「人生をデザインする力」を、すべての世代に~染矢明日香さん

INTERVIEW

(Release)2026年5月27日

「SRHR for JAPAN」キャンペーンに賛同する団体のひとつに、NPO法人ピルコンがあります。性の健康と人権をテーマに、中高生・大学生・保護者・教職員に向けた包括的性教育を全国に届けてきた団体です。

理事長を務める染矢明日香さんは、自身の経験を出発点に、2007年の学生団体設立から今日まで、性をめぐる「語られなさ」と向き合い続けてきました。

「ピルコンの活動は、もともと私自身が大学三年のときに思いがけない妊娠をして、中絶を経験したことが出発点になっています」。染矢さんはそう静かに切り出します。

思いがけない妊娠から始まった活動

大学の授業で日本の中絶件数を調べる機会があり、当時年間およそ30万件に及ぶ中絶が行われている事実を知ったとき、染矢さんは強い違和感を覚えたといいます。「これだけ多くの人が自分と同じ経験をしているのに、性教育や避妊について教わったことがなかった、と気づいたんです」。授業をともにしていた友人から、避妊に協力的でないパートナーに悩んでいるという相談を受けたことも重なり、避妊をテーマにした学生団体「ピルコン」を立ち上げました。産婦人科医を招いてのセミナー開催や、フリーペーパーの制作・配布から活動は始まります。

大学卒業後はマーケティング職に就いたものの、「もし自分の関わっている商品がなくなっても、代わりとなる商品はたくさんある。本当に社会に必要だと思うことを広める仕事をしたい」という思いが募ります。学生時代の活動を再開する形で、NPOを立ち上げました。入社から5年ほどがたち、27歳の頃だったそうです。

ピアエデュケーションが育てる150人の「伝え手」

活動の中核は、ピアエデュケーション(仲間同士の学び合い)にあります。専門家ではなく、対等で身近な立場から伝えるという方針です。「上から教える」のではなく、同世代や少し年上の若者が経験談を交えながら語ることで、聞き手が「自分にも起こりうる話」として受け取ることができる――そんな学びの構造を意図的に設計してきました。「こういうふうに悩んだけれども、こうやって解決できたよ、と話してもらうことで、『自分にもできるんだ』という自己肯定感にもつながると思っています」と染矢さん。

法人化からの12年間で、ボランティアとして登壇できる若者をおよそ150人育成してきました。中心は20代。新たに加わるメンバーには、まずオンデマンド教材で約10時間のインプットを行い、対面・オンラインの研修を計4日ほどかけて積み上げる仕組みです。一人にすべてを任せるのではなく、先輩スタッフとともに2〜3人で講演に伺い、後輩は最初の数分から少しずつ担当パートを増やしていきます。

現在は年間およそ150件の講演・研修を実施。中高生向けが120件、保護者・PTAや教職員向けが30件ほどです。相模原市や品川区、大田区、港区など、保健所や自治体経由の依頼も着実に広がっており、関西や地方からの要請にもオンラインを併用して応えています。

「秋田県で中高生に性教育を実施したところ、10代の中絶率が大幅に下がったという研究を読んで、思春期世代に性教育を届けることが社会を変える鍵になると確信しました」。会社員を続けながら、専門家の監修を受けつつ、若い世代が自身の経験を交えて語る性教育の講演を、活動の主軸に据えていきます。

「人生をデザインする」というメッセージ

ピルコンが掲げるメッセージのひとつが、「人生をデザインするため、性を学ぶ」です。妊娠したときに産むか、産まないか――どちらを選んだとしても、自分らしく生きられること。その「主体者」であり続けるための力を、若い世代に届けたいという願いが込められています。

 「声を上げなければ、その声は『なかったこと』にされてしまう。困っている女性なんていない、ごく一部の特殊な事例で当事者のせいだ、と言われてしまう。私自身、妊娠によって人生のコントロールを失いそうになる怖さを体験してきた一人として、そういう経験を生み出す社会の仕組みを変えていきたい、そして安心して声を上げられる社会の制度を整えるべきだ、と強く思っています」

 「歯止め規定」が縛る、教育現場の矛盾

学校で性教育を語るとき、「歯止め規定」と呼ばれる問題が深刻な影を落としている、と染谷さんは指摘します。学習指導要領では、人の受精に至る過程や妊娠の経過を取り扱わないとされており、外部講師として中学校に呼ばれた際にも「学習指導要領の範囲内で」と要請されることが多いと言います。

「その範囲をどう解釈するかは、学校や教員によってかなりばらつきがあるんです。性行為という言葉は使わず『性的接触』ならよい、避妊は扱わないけれど性感染症予防としてのコンドームの話はよい――そうした微妙なさじ加減で線が引かれていて、その合理性が見えづらい」

同じような状況にある生徒たちであっても、学校の管理職の判断ひとつで、得られる情報に大きな差が生まれてしまう。性感染症予防としてのコンドームは語れても、性行為に伴うリスクとしての妊娠の対策は取り上げられない――。「必要な情報や、関連づけて伝えるべき情報が、その機会に届けられないことのもどかしさを強く感じます」と染矢さんは語ります。

ピルコンは、こうした歯止め規定の撤廃や、文部科学省が進める「生命(いのち)の安全教育」のいっそうの充実化を求めて、政策提言にも継続的に取り組んでいます。

南三陸町パイロット授業――地域に根ざす性教育への挑戦

2026年6月、ピルコンは新しい挑戦に取り組みます。「SRHR for JAPAN」の一プログラムとして、宮城県南三陸町の小学校5校・中学校2校、合計7校で、小学6年生と中学3年生を対象にパイロット授業を実施するというものです。

これまで学校ごとにカスタマイズしてきた講演を、複数校で揃った内容として届ける。地域に根ざす性教育のかたちを探るプロジェクトでもあります。きっかけは、南三陸町の教育委員会から「子どもたちが生きるための教育」に注力したいという声が寄せられたこと。プラン・インターナショナルがとりまとめ役となり、ピルコンも学びを共有する形で参画することになりました。

「『生命(いのち)の安全教育』は、距離感や『こうしてはダメ』というルールが上から提示されがちです。でも本当のコミュニケーションの場では、何をどう感じるかは一人ひとり違うし、それを相手にどう伝えるかというスキルも必要になります。それを安心な場で練習できることが、学びとして大切だと思っているんです」

SNSが加速させる、リスクの低年齢化

もう一つ、染矢さんが近年強く意識するリスクがあります。SNSの普及と、それに伴う問題の低年齢化です。

「以前は高校生の問題だったのが、中学生、小学生へとトラブルに巻き込まれる年齢が下がってきている」と染矢さんは言います。スマートフォンを持つ平均年齢が9〜10歳になった今、子どもたちは性についてほとんど何も学ばないまま、SNS上で性的なメッセージや搾取的な接触にさらされるリスクにあるのです。

SNS上でのデータのやりとりは「管理しきれない」前提で動いています。写真の撮影や送信は日常の行為と地続きであり、そのリスクを子ども自身がなかなか自覚しにくいのが実情です。「楽しく安全にSNSやインターネットを使うためには、一定の規制は必要だと思いつつ、それだけでは足りない。だから、何かおかしいと感じたら周りの大人に話せる環境と、前もって性のことを学べる機会が、両方必要なんです」

低年齢化するリスクへの処方箋として、染矢さんが繰り返し強調するのは、やはり「事前の性教育」「相談できる関係性」の二つです。知識を「問題が起きてから」ではなく、「起きる前に」届けること——それが、デジタル時代の子どもたちを守るための最も確かな手立てだと語ります。

権利として「あたりまえ」になる社会へ

染矢さんは、日本のSRHRの現状を「凸凹している」と表現します。不妊治療など治療・ケアとしての医療は世界水準にあるが、中絶や避妊については選択肢が限られ、情報も届きにくい。その背景には、家父長的な文化や、異性愛・結婚・出産を中心に設計された制度、政治・医療の現場における女性の少なさがあると見ています。

「中絶の件数が多い少ないが問題なのではなく、その1件1件に、どれだけ主体性が伴っていたかが問われるべきだと思います」と染矢さん。

妊娠するかしないか、産むか産まないか——そのどちらの選択でも、当事者が自分で決められた経験が積み重なることが、SRHRの本質だと考えます。

5年後、10年後にどんな社会が望ましいか。この問いに対して染矢さんは「SRHRが、特別なことではなく『当たり前の権利』として社会に根付いてほしい。そのために、市民社会も政治も医療も、それぞれの強みを活かしながら、じりじりと前進していけたらと思います」と話す。

スウェーデンのユースクリニックを視察した際の経験が、染矢さんの中に強く残っています。困っている女の子に対してまず何を伝えるのかと助産師に尋ねたところ、「その子が持っている権利を伝えます」という答えだったそうです。「日本では、こうしなさい、ああしなさい、というメッセージばかりが先に来る。困っている子を『遊んでいる子』『手のかかる子』と捉えがちなのを、まず権利の視点から見直す。文化レベル、制度レベルで浸透させていく余地はまだ大きいと感じました」

「人生をデザインする力」を、すべての世代に。学生時代の小さな問いから出発したピルコンは、12年の蓄積を経て、地域連携、政策提言、ピアエデュケーターの育成と、次の段階へと歩みを進めようとしています。

パイロット授業の実施に向け、事前にオンラインで各校の校長と打ち合わせを重ね、「同意を積極的に教えることが、性行為のサインにならないか」「率直に話すと生徒が引いてしまうのではないか」といった不安にも丁寧に向き合ってきました。首都圏から訪れる講師が、南三陸町の子どもたちにどれだけ「身近なこと」として届けられるか。「理想は、地元の団体が地方にもたくさんあって、その学校にマッチする講師が伺えること」――将来像までしっかりと見据えています。

染矢明日香

NPO法人ピルコン理事長。石川県金沢市出身。慶應義塾大学在学中に学生団体ピルコンを立ち上げ、民間企業でのマーケティング職を経て、2013年にNPO法人ピルコンを設立。中学校・高校・大学などで300回以上、4万名以上に向けた性教育講演を実施。慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科公衆衛生専攻修了(公衆衛生学修士)。公認心理師。緊急避妊薬の薬局での入手を実現する市民プロジェクト共同代表。著書・監修書多数。

#性的同意チェック

いつかくるその日のために。
性的同意についてチェックするための問いを集めました。

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