「自分のことは自分で決める児童」を育ててきた校長先生のカリキュラム〜北山ひと美さん

INTERVIEW

(Release)2026年7月14日

「自分のことは自分で決める」北山ひと美先生が40年以上の教員生活の中で大切にしてきたのは、子どもたちがそう思える環境をつくることでした。いのちの誕生を学ぶ授業から、騎馬戦やランドセルをめぐる話し合いまで。性教育を通じて育まれる「自己決定する力」とは何か。北山先生の実践を伺いました。

子どもたちの「先生には言えない」に気づく

きっかけは、夏の合宿でした。

低学年の担任をしていた北山先生が引率した宿泊行事。当時は男女一緒に入浴し、担任が同行して「入浴指導」をするのが当たり前とされていました。子どもたちを安全に入浴させるためという名目で、先生も一緒に浴場に入る。それを誰も疑わず、北山先生自身もそういうものだと思って続けていたといいます。ところがある年の合宿で、お風呂に入った瞬間、一年生の子どもたちが戸惑った表情を見せたのです。

思い返せば日々の教室の中にも、気になるサインはいくつもありました。体操着に着替える時間も、プールの水着に着替える場面も、子どもたちはタオルでからだを隠したり、そっとはじに移動したり。見られたくないという気持ちは、きっとある。けれどもそれを「先生には言ってはいけない」と感じているーー北山先生は、そのことに気がつきます。

「子どもたちは、先生が言ったことには従わなきゃいけないと、親からも言われているんですよね。嫌だという気持ちがあっても、それは我慢しなきゃいけないことだと思ってしまう。学校は教員がとても大きな権力を持っている場所なので、教員側がどれだけ配慮できるかが問われていると、その時強く感じました」

この経験から、北山先生は同僚と話し合いを始めます。「性教育」という言葉を用いて何かを始めたわけではなく、「宿泊行事のお風呂、どうしようか」という、ごく具体的な業務の課題を解決するところから。

しかしその問いの核心には、子どもが「嫌なことには、嫌だと言える」という、こころとからだの自己決定につながる本質的なテーマが宿っていました。「自分のからだは自分のものだ」という感覚を育てることが、いかに幼い頃から必要か。あの日の子どもたちの戸惑いが、北山先生にそのことを教えてくれたのです。

「ありがとう、教えてくれて」——二年生にもわかる言葉で、本当のことを伝える

「できるだけ保護者にも見てもらった方が、理解してもらえると思っています」

北山先生が「いのちの誕生」の授業をする対象は、小学二年生。精子と卵子がどのように出会うか、性交や受精の仕組みも含めて、二年生に伝わる言葉で丁寧に教える。すると授業中や授業後に子どもたちが「ありがとう、教えてくれて」と言いにくることがあると言います。

「今までよく知らなかったけど、すごく知りたかったことを本当に教えてくれた!という顔をして、やって来るんですよ」と北山先生は言います。

授業の流れはこうです。まず『写真集 交尾』(子どもの未来社)を見ながら、バッタや鮭、ゾウや馬の交尾を一緒に学ぶ。空気に触れると精子が弱ってしまうため、陸上の生き物は直接届ける必要があること。人間も同様に、ペニスからワギナに直接届けるのだということを、絵本のイラストと合わせて伝えていく。

「いやらしい話になっちゃうかも、と大人は心配するんですが、子どもたちは全然そうじゃない。自分がどうやって生まれてきたかという話として聞いているから。経験上、少なくとも三年生の前半くらいまでは、いのちの誕生の話について、子どもは自分を”生まれてきた側”として受け止めてくれるんですよ」

休日参観日にこの授業をしたこともあるといいます。「こういう授業をしますよ」と保護者に事前に丁寧に伝えた上で実施したところ、お父さんを含めたくさんの保護者が見に来て、子どもたちが授業中に先生に感謝を伝える場面も一緒に目撃することになったそうです。

また北山先生は、性交について学ぶ際には「これはとてもプライベートな話でもある」と必ず伝えるといいます。

「授業で学んだからといって、『お父さんとお母さんはどうだったの?』『あなたはどうなの?』と相手に聞いていいわけではないんです。たとえ親子であっても、相手のプライバシーを尊重することも一緒に教えています」

自分のからだや気持ちを大切にすることと同じように、相手の境界線、バウンダリーを尊重することもまた、北山先生が伝えてきた大切な学びの一つでした。

最近では、自分は体外受精で生まれたと授業中に発言する子どももいます。「性交で受精に至らない場合もある。その時にはお医者さんの力を借りる方法もあるよ」と、子どもたちには伝えます。

誤魔化したり、嘘をつくのではなく「本当のことを、わかる言葉で教える」。そして、安心して質問できる環境をつくる——それがどれほど子どもに発見や納得をもたらすか。授業後の「ありがとう」が、証明しているのではないでしょうか。

「騎馬戦をやらずに卒業できない」——ランドセルも運動会も、子どもたちが自分で変えた

自己決定は、授業の中だけで育つものではありません。北山先生の学校では、子どもたちが日常のあらゆる場面で「自分のことは自分で決める」を実践しています。

コロナ禍のことです。感染対策のため、運動会は縮小開催が続いていました。騎馬戦は五、六年生が行う運動会の花形競技。しかし競技をする人同士が密着するという理由で、中止を余儀なくされます。

五年生のときには子どもたちも中止を受け入れていましたが、その翌年、六年生になった彼らは自分たちで騎馬戦の実施を求める署名を集め、「一度も騎馬戦ができないまま、卒業するわけにはいかない」と、校長室を訪ねてきます。授業が始まる時間が近づいてきても「こっちのほうが大事です!」と言って、真剣に訴え続けたのでした。

交渉の結果、先生たちは感染対策を工夫しながら、騎馬戦の実施を決めたそうです。

仕方ないと諦めるのではなく、署名という方法を使ってルールを変えようと行動した子どもたち。大人が決めたことに従うだけではなく、自分たちで考え、声を上げ、よりよい形を求める。その姿こそ、北山先生が大切にしてきた自己決定の力なのかもしれません。

同じことが、ランドセルや帽子でも起きていました。和光学園はもともと制服のない学校ですが、帽子とランドセルだけは長年統一されていました。それを変えたのも、児童会の子どもたちです。

一方で「目印となる帽子とランドセルが変わって、和光の子だとわからなくなったら、何かあった時に守ってもらえないかもしれない」という反対意見も子どもたちの中から出て、数年にわたる議論の末、三年生以上はリュック可・校章の缶バッジをつけるというルールを子どもたち自身が作り上げました。缶バッジのアイデアも、子どもたちが考えたものだといいます。

「帽子もランドセルも自由化しました。体操着だけは、子どもたちの中から『民舞の時に色がバラバラだと…』という声が出て、今も統一のまま。それも、子どもたちが意見を出して決めたことです」

トイレやお昼ごはんも同様です。幼稚園では以前「はい、みんなトイレに行って」と一斉に促す慣習がありましたが、「見直したい」という声が上がりました。お昼も、ランチタイム制をとっていて、一斉に「いただきます」をするのではなく、ランチタイムの間に食べたい時に食べたい場所で食べるという形に変えたといいます。準備は大変になるけれど、「子どもが自分のことを自分で決められているか」という問いを優先した結果でした。

「食事も排泄も、自分のからだに関わることです。そこを自分で決められているかどうか。そこに立ち止まって考えると、見えてくるものがあると思います」

もちろん、子どもたちの希望がすべて通るわけではありません。大切なのは「好きにしていい」ということではなく、自分の意見を持ち、他者の意見を聞き、よりよい答えを探すこと。その過程に教師も児童も真剣に向き合う経験そのものだということを、北山先生は教えてくれました。

性教育は「幸せに生きるための学び」——先生自身の人生が変わった

「私は今、以前よりも”楽”に生きているなと思っているんです」

北山先生は笑いながら、こう言いました。就職活動をした時代、「女子社員は親元から通勤できる者に限る」「結婚したら辞める前提」というような求人が当たり前でした。男女の待遇がほぼ変わらない職場として教員を選んだのも、そんな時代の空気の中での北山先生の選択でした。就職後は女性教員が毎朝お茶を入れる慣習があり、先生自身も「そういうものだ」と思っていたといいます。

「でも性教育に出会って、いろいろ学んでいくうちに、人間関係における”対等”ってこういうことなのかなと考えるようになったんです。それは、自分の周りの人との関係、家族との関係、パートナーとの関係を考え直すことにつながります。自分のことを自分で決めて、幸せに生きるってこういうことかな、と実感するようになりました」

最後に、北山先生に「SRHRとは、先生の言葉でいうと何でしょうか」と尋ねると、「すべての人のからだの権利、人権が守られること。そして、そのことによってみんなが幸せだと感じながら生きていけるということだと思います」と答えが返ってきました。

取材を通じて感じたのは、その言葉は決して遠い理念ではなく、子どもたちの日常の中に息づいているものだということです。

自分のからだや誕生について、自分の年齢に合った言葉で真実を教えてもらえること。嫌なことには「イヤ」と安心して声を上げられること。わからないことを質問すること。そして、自分に関わることを自分で考え、選びとること。

北山先生が長年取り組んできた教育は、単に性や妊娠についての知識を教えるものではありません。一人ひとりが「自分のからだは自分のものだ」と実感し、互いを尊重しあいながら自分の人生を大切にできるようになるための学びだったのではないでしょうか。

 

北山ひと美

和光小学校・和光幼稚園前校園長。一般社団法人“人間と性”教育研究協議会(性教協)代表幹事、性教協・乳幼児の性と性教育サークル代表。幼稚園、小学校の現場で、性教育のカリキュラムづくりと実践を重ねている。著書に「保育ではじめる包括的性教育」(2025年 チャイルド本社)、共著に「こどもせいきょういくはじめます」(2025年 KADOKAWA)、「あっ!そうなんだ!性と生」(2014年 エイデル研究所)、「乳幼児期の性教育ハンドブック」(2021年、かもがわ出版)など。「性ってなんだろう?」(2022年、新日本出版社)監修。NHK Eテレ「アイラブみー」監修ほか。

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