中学生向け包括的性教育教材『コロカラBOOK』の取り組み~株式会社正進社 福原大二郎さん、長谷川ゆみさん
INTERVIEW
(Release)2026年4月21日
「自分の気持ちを言っていい」当たり前のようでいて、日本社会では十分に教えられてこなかったこと。
SRHR for JAPANでは、すべての人が自分のからだと心を大切にし、自分の人生を主体的に選択できる社会の実現を目指しています。その実現に欠かせないのが「包括的性教育」です。
今回ご紹介する『コロカラBOOK』は、中学校での使用を想定して作られた包括的性教育の教材です。
『コロカラBOOK』を制作した株式会社正進社の福原大二郎さんと長谷川ゆみさんに、教材開発の背景や日本の性教育の課題、そして教材を通して伝えたいことについて聞きました。
『コロカラBOOK』とは/中学生向け包括的性教育教材の特徴

『コロカラBOOK』は、中学校で使うための包括的性教育の教材です。国際的な指標である「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」に基づき、日本の教育現場や中学生の発達段階に合わせて構成されています。扱うテーマは多岐にわたります。
● からだの変化や生殖のしくみ
● からだの権利・SRHR(性と生殖に関する健康と権利)
● ジェンダー・多様な性のあり方
● 人との関係性やコミュニケーション
● 同意
● 性暴力
● メディアリテラシー
● 避妊・人工妊娠中絶
これらを単なる知識としてではなく、態度やスキルとともに身につけられるよう設計されている点が特徴です。また、授業での使用を前提とした構成や解説動画など、学校現場で実践しやすくするための工夫も取り入れられています。
——まず、この教材を制作されたきっかけについて教えてください。
現場からの強い要望があったというよりも、私たち自身の問題意識から始まりました。
教科書に合わせた教材改訂の合間に、社内のメンバーで「今、中学生に必要な学びとは何か」を議論する機会があり、その中で性教育というテーマがあがりました。実際に学び始めてみると、人権やコミュニケーション、多様性など、自分たちの抱いていた課題意識が包括的性教育に集約されているように感じ、「これは今の中学生に必要な内容なのではないか」と考えたことが出発点です。
——なぜ中学生を対象にされたのでしょうか?
私たちがこれまで中学校向けの教材を中心に制作してきたという背景があります。
もう一つは、中学校が義務教育の最終段階であるという点です。学校という場で共通の内容を学べる最後の機会になり得るという意味で、中学生を対象とすることが重要だと考えました。
——日本の性教育の現状について、どのような課題を感じていますか?
一番大きな課題の一つは、「教えられる先生が少ない」ということだと感じています。
現状、性に関する内容は保健体育や理科などで断片的に扱われてはいますが、包括的性教育として体系的に学ぶ機会はあまりありません。多くの先生方が、ご自身も体系的な性教育を受けてこなかった中で、いざ教える立場になったときに、「何をどこまで、どう伝えればよいのか分からない」という状況に直面しています。また、性教育はセンシティブなテーマでもあるため、先生方が無意識のうちに踏み込むことをためらい、結果として生徒に必要な情報が届かないケースもあります。
——そうした課題を踏まえて、教材の設計にはどのような工夫をされたのでしょうか?
「学校で使える設計」であることが大きな特徴です。

前半は授業で扱うパート、後半は生徒が自分の関心に応じて読むパートという二部構成にしています。この構成にした背景には、「すべてを一律に教えることの難しさ」と「生徒一人ひとりの関心や置かれた状況の違い」があります。性に関するテーマは非常に幅広く、興味関心や受け止め方も生徒によって異なるため、教室で一律にすべてを扱うことは困難です。一方で、すべての生徒に共通して知ってほしい基礎的な内容もあります。
そこで、授業で扱うパートでは共通理解をつくることに重点を置き、自分で読むパートでは、それぞれが自分の関心や悩みに応じて必要な情報にアクセスできるようにしました。
——解説動画も特徴的ですが、どのような意図で取り入れられたのでしょうか?
先に述べたように、包括的性教育を専門的に学ばれた先生は多くありません。先生方が「何を教えればいいのか分からない」と感じるのは自然なことだと思います。また、性教育は、知識そのものだけでなく「どう伝えるか」も非常に重要です。同じ内容でも、伝え方によって生徒の受け止め方が変わることもあります。
そこで、助産師で性教育YouTuberのシオリーヌさんに解説動画への出演をお願いしました。専門的な内容を、分かりやすく、かつ安心して聞ける形で伝えていただいています。これにより、先生は無理にすべてを説明する必要がなく、授業の進行役として関わることができます。ちょうど、外部講師による講演を聴くときのようなイメージです。

——制作にあたって、どのようなことを大切にされましたか?
「共に居る」という意味で、「共居」という造語をつくり、意識しながら制作にあたりました。「共在」という言葉にも近いかもしれません。
学校教育には、良くも悪くも、その世代や社会に共通の認識を形成する役割があると思います。教室で共に学ぶことで、例えば「私たち一人ひとりにはバウンダリーがある」「相手に何かするときには同意を得る必要がある」ということなどが、共通の認識となることが大切だと考えました。
もう一つには、生徒一人ひとりが自分のウェルビーイングを実現できるような教材を目指しました。
これまでの学校教育では、「周りの人を大切にしましょう」というメッセージが繰り返し伝えられてきた一方で、「自分自身を大切にすること」については、あまり明確に言語化されてこなかったように感じています。その結果として、自分の気持ちよりも周囲に合わせることを優先したり、「嫌だ」と感じても言えなかったりする状況が生まれているのではないかと考えました。この教材では、「あなたには選ぶ権利がある」「自分の気持ちを大切にしていい」というメッセージを繰り返し伝えることで、生徒一人ひとりが自分のウェルビーイングを軸に考えられるようになることを目指しました。
ただ、「自分のウェルビーイングを実現する」ということは、「他者のウェルビーイングの実現を妨げる」ということとは違います。自分のウェルビーイングを実現するためには、周囲の人がそれぞれのウェルビーイングを実現できていることが必要なのではないかと思っています。
——実際に使われた中で、印象的だった中学生の反応はありますか?
「自分の意見を持っていいと分かった」「NOと言っていいと分かった」という声が印象的でした。これまで自分の意見を持つことに不安やためらいがあったり、周りに合わせなければと自分を抑えたりしてきたのだろうと想像します。授業を通して「NOと言っていい」と分かったことはとても大きな気づきであり、そのように受け止めてくれたことをうれしく思いました。
「自分の気持ちに気づく」「それを大切にしていいと思える」ということは、その後の人間関係や人生の選択に大きく影響し得ると感じています。

——表現面で工夫された点について、もう少し詳しく教えてください。
「誰かを排除してしまう表現になっていないか」「特定の価値基準や判断を押しつけていないか」という点を丁寧に確認しながら制作を進めました。例えば、イラストでは、体型や見た目、家族のかたちなど、多様な人物が登場するようにしました。また言葉については、生徒自身の主体性を尊重し、「こうするべき」と断定するのではなく、情報や選択肢を提示しながら「どう考えるか」「どう選ぶか」は生徒にゆだねるような表現にしました。それによって歯切れの悪い表現になっている部分もありますが、生徒それぞれの感じ方や考え方で受け止めてもらえたらと思っています。
教材として「正しい情報を伝える」のはもちろん大切ですが、「安心して受け取れる」教材にすることも心がけました。
包括的性教育を通じて、自分にとってより良い生き方を考えるきっかけにしてほしい。その想いを込めて『コロカラBOOK』を制作した福原さんと長谷川さんの熱い気持ちに触れることができた、そんな貴重な時間でした。


