【特別寄稿】SRHRという結び目で「すべての人」をつなぐ~松岡宗嗣さん
COLUMN
(Release)2026年3月19日
あるテレビのバラエティ番組で、若い男性アイドルが水泳をしていると、徐々に水着が溶けていき、最終的に全裸になってしまうというドッキリ映像が流れていました。スタジオや周囲の人々もそれを見て笑っていました。
これが1980年代であれば、女性に対して同じようなことがテレビ番組で行われていたでしょう。しかし、いまこのような演出をすれば明らかに問題視されるはずです。では、男性であれば問題ないのでしょうか。本人が了承していれば、それを「ネタ」として放送してよいのでしょうか。
性教育の基本には、「あなたの心や身体は大切にされるべきものであり、あなただけのものである」という考え方があります。性暴力が起きてしまう背景のひとつには、加害者の劣等感や自己評価の低さがあると指摘されていますが、はたして自分の身体を大切に扱われてこなかった人が、他者の身体を大切にできるでしょうか。
学校では生理についての授業が男女別に分けられ、女性だけが教わることがあります。不妊治療の際、実際には不妊の要因の半数は男性側にあるにもかかわらず、女性側の問題という前提で語られることが少なくありません。
性教育、性的同意、性暴力といった、「性」にまつわる問題を考えるとき、多くの場合、まず「女性の問題」だと捉えられがちではないでしょうか。しかし、当然ですが「性」は女性だけの問題ではありません。性は「すべての人」に関わるものです。
女性だけではなく男性も、そして男女という二元的な枠組みでは捉えきれない人々もいます。女性のなかにも多様な女性がいて、男性のなかにもさまざまな男性がいます。そして、男女のどちらにも当てはまらない人もいます。SRHRをめぐる課題も、「すべての人」を前提として捉えることが大切だと思います。
「すべての人」とは誰のことか
小学校高学年で、同性が好きだと自覚しはじめたとき、保健の教科書に「思春期になると自然と異性が気になる」と書かれているのを見て、自分の存在が否定されたように感じたという人がいます。
駅での乗降時のアナウンスによって居場所が特定され、痴漢やストーカーの被害に遭ってしまったという障害女性がいます。
誰かと恋愛や性的関係を持ちたいとは思っていないことを話すと、同じ部活の仲間から「男として劣っている」と言われてしまったという人がいます。
学校で女子生徒だけが集められて生理の話をされ、「あなたは女性である」と突きつけられたようで苦しいと感じたトランスジェンダーの男性がいます。
外国から技能実習生として来日し、妊娠について職場に知られたら国に帰されてしまうかもしれないと誰にも相談できず、孤立出産をして罪に問われている人がいます。
パートナーからDVを受けて相談しても、「女どうしなんだから仲良くしなさい」と言われてしまったという同性カップルがいます。
不均衡な条約や協定を背景に、米兵による性暴力の被害を受けている女性たちがいます。
「不良な子孫の出生を防止する」という理由で、強制不妊の手術を受けさせられてきた障害や疾病のある人がいます。
法律上の性別を変更するために、生殖能力を失う手術を受けることを求められてきたトランスジェンダーの人たちがいます。
学校で教師から性暴力を受けながら、男性どうしだったため揶揄されるのを恐れて誰にも相談できなかったという人がいます。
第三者の精子提供で子どもを持ちたいと望んでも、医療機関では結婚した男女のみが対象とされ、医療から排除されてしまっているシングルや同性カップルの人たちがいます。
災害時に避難所のさまざまなスペースが男女分けを前提とされていたことから、不審がられるのが怖くて避難所に行けなかったというノンバイナリーの人がいます。
こうした一つひとつの出来事は、特に見落とされがちな人々の経験の一部です。それぞれ別の問題のように思われるかもしれませんが、SRHRというスコープで捉えるとすべて繋がっていることがわかります。

SRHRという結び目
アメリカで黒人に対する差別に抗議する「BLACK LIVES MATTER(黒人の命は大切だ)」という運動が起きた際、これに反発する動きとして「ALL LIVES MATTER(すべての人の命が大切だ)」という言葉が使われました。
「すべての人の命が大切」という言葉はたしかにその通りでしょう。しかし、問題は黒人に対する構造的な人種差別があることに目を向け、是正することであり、それを訴える声に「すべての人が」と言うのは、単に問題の焦点をぼかすだけです。
性をめぐる社会の不均衡の影響を、特に強く受けやすいのは女性です。SRHRを「すべて人に」というとき、これが単に問題の構造を曖昧にするために使われないよう注意が必要でしょう。
しかし、これまで述べてきたようにSRHRは「女性だけ」の問題ではなく、すべての人に関わるものです。問題の焦点をぼやかすためではなく、特に周縁化された人、取りこぼされた人の視点に目を向け、むしろその解像度を上げるためにこそ、「すべての人」という視点が求められます。
例えば、言葉の使い方一つでも、できることがあります。
昨年夏、私はSRHR for JAPANのスタディツアーに参加し、韓国でSRHRに関する取り組みを行っている団体を視察しました。

ソウル市にある「Aha! 青少年性文化センター」では、低用量ピルやコンドームなどが入った箱が置かれ、実際に触りながら学んでいくことができるようになっていました。この箱は、もともと「避妊具キット」と紹介されていたそうですが、「避妊具」という言葉は、妊娠を前提とする男女の性行為を想定しており、実際には同性間の性行為でも使用されることから、現在は「安全な性関係のためのキット」という呼び方に変わっています。言葉を少し変えるだけでも、誰を前提にしているのかが大きく変わるのです。
一方で、「すべての人」のためのSRHRという方向に逆行する動きも起きています。
性的マイノリティの存在を認めたくない保守的なキリスト教団体の反発などによって、ソウル市の性教育ガイドラインにおいて「恋愛」という言葉が「異性間恋愛」に書き換えられ、「LGBTQ」という言葉は削除されてしまったそうです。宗教的背景から、多様な性のあり方や性教育が拒まれてしまうことがあります。こうした動きは日本も決して無関係ではありません。
特に性的マイノリティの権利をめぐっては、近年少しずつ前に進んできていますが、国内外で揺り戻しも大きくなってしまっています。学校の授業で性の多様性について触れられる機会も増えましたが、学習指導要領では未だ多様な性については記載されておらず、取り上げられるかは現場の意識次第という状況です。大人たちがどれだけ自分の周囲に「性的マイノリティがいる」という前提に立てるかどうかが鍵となるでしょう。
少しでも多くの人が「身近にいること」をリアリティをもって実感できるよう、性的マイノリティの当事者がどのような壁と向き合いながら生きてきたのかについて、私は8人の当事者と語り合った対談集『多様な性を生きる ー LGBTQ+として生きる先輩たちに人生のヒントを聞いてみた』を刊行しました。

この本は、まず第一に10代の当事者に向けたものですが、その周囲にいる大人たちにも手に取ってほしいと思いながら作りました。「多様な性を生きる」人々のSRHRという視点から、社会の想像力を広げるきっかけになればと考えています。
すべての人のためのSRHRーー。これは単に問題を曖昧にするための言葉ではなく、むしろ異なる立場や経験を持つ人々を結びつけ、共通する課題に向き合うための結び目であり、社会の周縁から根深い問題の構造を照らし出す灯火です。
「あなたの心と身体は大切であり、あなただけのものです」と言える社会を実現するために、逆風が強まる今だからこそ、「すべての人」という観点からSRHRを捉えることが求められるのではないでしょうか。
松岡宗嗣
愛知県名古屋市生まれ。政策や法制度を中心とした性的マイノリティに関する情報を発信する一般社団法人fair代表理事。ゲイであることをオープンにしながら、Yahoo!ニュースやGQ、HuffPost等で多様なジェンダー・セクシュアリティに関する記事を執筆。教育機関や企業、自治体等での研修・講演実績多数。著書に『多様な性を生きる - LGBTQ+として生きる先輩たちに人生のヒントを聞いてみた』(河出書房新社) 『あいつゲイだって - アウティングはなぜ問題なのか?』(柏書房)、共著『LGBTとハラスメント』(集英社新書)など

